養母の凄い人生
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背に腹は変えられない
兄は23才になっていた。生活が苦しくなっていったある日から土木作業の日雇い仕事を見つけた。
冬の寒い日は、足の冷たさを凌ぐために、ゴム長靴の底に粉唐辛子を挟んだ脱脂綿を入れて毎日出かけていった。しばらくして、店の客の紹介で九州に本社のある大きな製造業の会社の社員になった。2年が過ぎたとき職場のある女性に子供が出来たと聞かされた。責任を取って結婚したいと言うのです。その頃は兄の収入が主になっていたので結婚をして家を出ていかれると大打撃なのです。しかし今まで助けてもらったのだから喜んで祝福してあげようということになりました。兄の居なくなった私達の生活は益々困窮を極めた。店はというと客が時々しか来なくなった。ある夜、姉と私が眠っているといつもとは違う母の甘えるよう声と男の声で目が覚めた。その甘えるような声に幼心にも胸騒ぎをおぼえ起きて聞き耳をたてていると明かりが消えた。私は布団から抜け出し足音を忍ばせて壁に隠れるようにして様子を見ていた。窓から差し込む月の薄明かりが、もつれ合う母と客のシルエットを浮かび上がらせていた。息も出来ないほどの衝撃だった。そしてしばらくして明かりが灯ったとき、男が小声で言った「今日はあまり持ち合わせが無いから、これで良いか?」と。
その時は、心臓も呼吸もこのまま止まるのではないかと思うほど驚いたのだが、会話を聞いてしまった事が、とてつもなく悪いことをしたような、恐ろしい気持ちだった。私は分かっていた、家にお金が無いのでこんなことをしてお金を貰ったのだ、ということを。しかし、この場面を思い出す度に実の母だったら、私はどうしたであろう。その場で泣き出してしまったのではないかと思う。そんな事がその後3度ぐらいあったように記憶している。その頃、姉は私立女子高校の中学部に通っていた。当時としては、場末の飲み屋の娘が私立の中学校に行くなど常識では考えられないことだった。しかし、母は「お姉ちゃんは長女だから、きちんとした教育を受けさせる」といっていた。現状から見てもかなり無理があったが、若い頃に生活苦から学業をあきらめざるを得なかった自分を思い起こしてかなり無理をしていたのである。私はいつも思っていた、「かあさんが、あんな事をしてまでお金を作っているのにお姉ちゃんは、よく平気で私立など行っているな」と。しかし、姉はそんなことには気が付いていなかったが学校が指定したコートやカバンを買えずに同級生よりはるかにみすぼらしい格好をした自分に耐えながら母の意を汲んで真面目に学校へ行っていたのである。
冬の寒い日は、足の冷たさを凌ぐために、ゴム長靴の底に粉唐辛子を挟んだ脱脂綿を入れて毎日出かけていった。しばらくして、店の客の紹介で九州に本社のある大きな製造業の会社の社員になった。2年が過ぎたとき職場のある女性に子供が出来たと聞かされた。責任を取って結婚したいと言うのです。その頃は兄の収入が主になっていたので結婚をして家を出ていかれると大打撃なのです。しかし今まで助けてもらったのだから喜んで祝福してあげようということになりました。兄の居なくなった私達の生活は益々困窮を極めた。店はというと客が時々しか来なくなった。ある夜、姉と私が眠っているといつもとは違う母の甘えるよう声と男の声で目が覚めた。その甘えるような声に幼心にも胸騒ぎをおぼえ起きて聞き耳をたてていると明かりが消えた。私は布団から抜け出し足音を忍ばせて壁に隠れるようにして様子を見ていた。窓から差し込む月の薄明かりが、もつれ合う母と客のシルエットを浮かび上がらせていた。息も出来ないほどの衝撃だった。そしてしばらくして明かりが灯ったとき、男が小声で言った「今日はあまり持ち合わせが無いから、これで良いか?」と。
その時は、心臓も呼吸もこのまま止まるのではないかと思うほど驚いたのだが、会話を聞いてしまった事が、とてつもなく悪いことをしたような、恐ろしい気持ちだった。私は分かっていた、家にお金が無いのでこんなことをしてお金を貰ったのだ、ということを。しかし、この場面を思い出す度に実の母だったら、私はどうしたであろう。その場で泣き出してしまったのではないかと思う。そんな事がその後3度ぐらいあったように記憶している。その頃、姉は私立女子高校の中学部に通っていた。当時としては、場末の飲み屋の娘が私立の中学校に行くなど常識では考えられないことだった。しかし、母は「お姉ちゃんは長女だから、きちんとした教育を受けさせる」といっていた。現状から見てもかなり無理があったが、若い頃に生活苦から学業をあきらめざるを得なかった自分を思い起こしてかなり無理をしていたのである。私はいつも思っていた、「かあさんが、あんな事をしてまでお金を作っているのにお姉ちゃんは、よく平気で私立など行っているな」と。しかし、姉はそんなことには気が付いていなかったが学校が指定したコートやカバンを買えずに同級生よりはるかにみすぼらしい格好をした自分に耐えながら母の意を汲んで真面目に学校へ行っていたのである。
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