養母の凄い人生
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ピンハネ
弟を苛める私に母はどうしたものかと相当悩んだようです。しかし母の私に対する愛情はこれまでどおり変わる事はありませんでした。親の心子知らずと言うのでしょうか小6になった私はその頃人気の絶頂期だった美空ひばりや中村錦之助のブロマイドを集める事に夢中になってしまい、お使いを頼まれると預かったお金を猫ババするようになりました。昔はスーパーなど無くて肉屋とか魚屋とか小さな個人商店が殆どで商品は量り売りをしておりました。例えば肉を100円買うように言われると95円分買って残り5円をピンハネして貯めておくといった具合で麺屋や、乾物屋、酒屋といった所まで中途半端な金額で買うのですから売るほうにすると面倒なことこの上もなく、ついにある日のこと姉が買い物に行った際にそこの商店主が「妹さんが買い物に来るときは計算に苦労する」と言われブロマイドが菓子箱いっぱいになった頃ついに母に知られる羽目になりました。当然頭に拳骨が飛んできました。今のように便利な機能のついたレジスターも電卓も無い頃ですから計算が大変だったと思います。そして母に言われて姉が私を連れ商店を一軒一軒お詫びして回ったのでした。そして姉は「あんたの小さいときもこんな事あったよね」と言ったのです。当の本人はすっかり忘れていたのですがその時は私が養女に来てまだ間もない時の事でした。きっと情緒が不安定だったのでしょうか1回だけ寝小便をしてしまったのです。すると母は私にシーツをまとめて背負わせてさらに背中に“ワタシハ オネショヲ シマシタ”と書いた紙を貼り付けてやはり今と同じく姉を付き添わせ町内を一周させられたのでした。姉はとても恥ずかしかったのでしょう、オイオイと声を上げて泣き私も泣きながら二人はしっかりと手をつないで町内を歩いた事を思い出しました。その時も心強く思ったのですが姉は優しい性格だったので心が和む存在でした。
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