養母の凄い人生
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兄の死
昭和28年、寒さの厳しい2月でした。兄嫁が血相変えてやって来て昨夜警察から連絡があり、兄が女性と心中をして亡くなったと言うのです。二人の間には、まだ2歳になったばかりでよちよち歩きの可愛い男の子がいました。私に良く懐いていてとても可愛かった。兄嫁がやって来る2日前のことですが私が外の用事から帰ると兄が雪の降りしきる中に三角ストールをまとった小柄で可愛らしい女性と二人で立っていたのです。家に入るように促すとここで良いと言って私に「お兄ちゃん、しばらく来られないから母さんの言うことを良く聞くんだよ。お兄ちゃんが来たことを誰にも言わないで」と言って立ち去ったのを思い出して、そのことを母に告げると「何でここまで来て、顔を出さなかったのか、話をしたら、思いとどまったでしょうに」と声をあげて泣き崩れた。
18歳で養子に来て、私たち家族の生活を支え続けてくれた兄だった。亡くなった女性とは会社に入社して間もなく知り合い、二人は愛し合うようになったそうだ。女性の両親に反対されながらも結婚の約束をしていたが、3歳年上の今の嫁に誘惑され、若かった兄はつい深い仲になってしまったという。そして子供ができたので結婚をしたのだった。母も私たちもそのことは兄から聞いて知っていたが、結婚を期に心中した女性とは別れたはずだったが、彼としてはその女性と職場で毎日顔をあわせるし、忘れることが出来なかったのだろう。二人は豊平の連れ込み旅館で睡眠薬を多量に飲み、もう、絶対に離れない、とでも言うように、お互いの手首を白い紐で結んで亡くなっていたそうです。母から話を聞いてまだ男女のことなど解りもしない私でしたが、薄幸なままで24年の短い生涯を閉じた兄が、かわいそうで涙が止まりませんでした。翌日になってから町内会館の和室に寝かされていた兄の遺体を見た時は言葉にならないほどショックでした。赤紫の銭型の斑点が体中にあり、皮膚が黄色みをおびていました。毒物を服用して死んだことを物語っていました。顔に被せてある白布じっと見ていると、中央辺りから血が滲んでくるではありませんか。私は恐る恐る布をめくると兄は鼻血を出していました。すると母は「ああ、カズちゃんに合いたかったんだね。死んだ人は会いたいと思っている人に会えると鼻血を流すんだって」と言うのです。死ぬ前に私だけに会いに来たり、もう生きていないのに鼻血を出したり、なぜ?と思ったのですが、しばらくしてふと、小さい頃、兄にいたずらをされたことを思い出しました。母の言葉は、亡くなった兄を恨ませたくなかったのでしょうか。「貴女に悪いことをしたと、思っているのよ」と私には聞こえたのです。私はそんなことなどはすっかり忘れて、蚊に刺されたくらいにしか思っていないのに、母は気にしていたのでしょう。その後、兄嫁は子供を連れて田舎の実家に帰りましたが、我が家への連絡は一度もありませんでした。
18歳で養子に来て、私たち家族の生活を支え続けてくれた兄だった。亡くなった女性とは会社に入社して間もなく知り合い、二人は愛し合うようになったそうだ。女性の両親に反対されながらも結婚の約束をしていたが、3歳年上の今の嫁に誘惑され、若かった兄はつい深い仲になってしまったという。そして子供ができたので結婚をしたのだった。母も私たちもそのことは兄から聞いて知っていたが、結婚を期に心中した女性とは別れたはずだったが、彼としてはその女性と職場で毎日顔をあわせるし、忘れることが出来なかったのだろう。二人は豊平の連れ込み旅館で睡眠薬を多量に飲み、もう、絶対に離れない、とでも言うように、お互いの手首を白い紐で結んで亡くなっていたそうです。母から話を聞いてまだ男女のことなど解りもしない私でしたが、薄幸なままで24年の短い生涯を閉じた兄が、かわいそうで涙が止まりませんでした。翌日になってから町内会館の和室に寝かされていた兄の遺体を見た時は言葉にならないほどショックでした。赤紫の銭型の斑点が体中にあり、皮膚が黄色みをおびていました。毒物を服用して死んだことを物語っていました。顔に被せてある白布じっと見ていると、中央辺りから血が滲んでくるではありませんか。私は恐る恐る布をめくると兄は鼻血を出していました。すると母は「ああ、カズちゃんに合いたかったんだね。死んだ人は会いたいと思っている人に会えると鼻血を流すんだって」と言うのです。死ぬ前に私だけに会いに来たり、もう生きていないのに鼻血を出したり、なぜ?と思ったのですが、しばらくしてふと、小さい頃、兄にいたずらをされたことを思い出しました。母の言葉は、亡くなった兄を恨ませたくなかったのでしょうか。「貴女に悪いことをしたと、思っているのよ」と私には聞こえたのです。私はそんなことなどはすっかり忘れて、蚊に刺されたくらいにしか思っていないのに、母は気にしていたのでしょう。その後、兄嫁は子供を連れて田舎の実家に帰りましたが、我が家への連絡は一度もありませんでした。
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