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養母の凄い人生

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冷たい先生
昭和23年私は小学校にあがった、まだ物の無い時代だったが母は洋服や靴を新調してくれた。姉は一緒に小学校に行ける事が嬉しそうだった。手をつないで毎日一緒に行った。しかし、私にとって小学校は楽しい所ではなかった。人見知りする私は格好のいじめの対称になった。男子からノートに落書をされるとか、スカートをめくられるなんて事は日常茶万事で、下校時には先生の目が届かないのをいいことにして髪の毛を引っ張られてそのまま引きずり回された、石をぶつけられる事などは度々で、ある日は、みぞおちの辺りに拳のパンチをくらい、あまりの痛さに意識が無くなったこともあった。学校では誰とも口を聞かず、特に先生にはなかなか懐かない子で、そのくせ休み時間などに同級生が先生と楽しそうに遊んでいるのを見て羨ましく思ったものである。ある時、担任の女性教師が一人で廊下を歩いているのを見つけ、思い切って後ろから抱きついた。しかし、それは今でも心が痛む出来事になってしまった。先生は驚いたらしくて、私を見たとたんに、「なに!この子は、嫌ネエ」と言ったのである。教室まで一緒に行ってもらいたかっただけなのに、私はそこに立ち止まってしまった。先生はどうしてあのような態度をとったのか、今考えても 理解に苦しむ。その後は子供心にも気まずくなり、そのまま授業中にもかかわらず、家に帰ってしまったのである。しかし、家に帰って母に告げようと思ったのだが、先生に無視された自分が恥ずかしく「お腹が痛い」と嘘を言った。その事は中学生になるまで母には言えなかった。いじめや甘えられる相手のいないことは幸か不幸か私を強くしていったようです。いくらいじめられても悲しいと思うどころかどうしたら仕返しが出来るがいつも考えている子供でした。じっくり考え自分の立場をなんとか好転させたいと思うのは子供の頃から変わらないようです。
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