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養母の凄い人生

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叩かれても
 父と母の朝は小さな花畑の手入れから始まります。10坪ちょっとの敷地に少しづつ何種類もの花
や葡萄の棚がありました。父は菊作りが好きで特に懸崖菊を作るのが趣味でしたので上手く出来たものは店に飾って自慢気でしたがある時酔っ払った客がその菊の花を摘み取っては床に投げつけまた摘み取って投げつけるを繰り返したのです。するとそれを見た母は「ちょっとぉ!お父さんの大事な菊をなにするのよ!」と言ってその客の胸ぐらにつかみかかり顔に平手打ちを一発お見舞いすると酔っていたこともあってよろけてその場に倒れてしまいました。すると母はさらに馬乗りになって殴り続けたのです。そこに父が止めに入って一件落着したのですが父に「女の癖に男に馬乗りになるとは」と叱られると勇ましかった母は一変して泣き出し「だってお父さんが大事に育てた菊をあんなふうにするんだもの」と言うのです。思い出せば私と姉も言う事を聞かなかった時はよく母に殴られました。これが昨今でしたら虐待と言われても仕方がないようなひどいものです。げんこつで頭を殴られたりまだ小さくて軽かった私を持ち上げて床に落とされたものです。姉は危険を察知するとその場にジッとして動かなくなるので1,2発殴られておしまいなのですが、私はすぐに逃げ出しますので太り気味の母は息を切らしながら追いかけてきて逃げた分だけ加算されて殴られるのです。
でもその後はとても優しく甘酒やプリンもどきの玉子料理を作ってくれたものです。心を痛めながらしつけの為に叩いていたのだということが子供心にしみ込んできて反省したものです。殴ることが即虐待だとは思いません。私はシングルマザーだったので息子が小さかった頃は仕事がいそがしくて話し聞かせて理解させるための時間がありませんので言う事を聞かないときは頭の中で「この程度なら大丈夫かな」と手加減をしながら叩きました。息子が18歳になった頃のことですが和裁用の1メートルの物差しが見つからないので聞いたところ「小さい頃にあれでよく叩かれたから気分が悪いから捨てた」と言うのです。可笑しくて吹き出してしまったのですが、後日になって物差しは押入れから出てきました。何のことは無い、自分のしまい忘れで、息子は冗談を言ったのだと分かりました。
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