養母の凄い人生
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札幌にて その1
昭和23年、3月頃の札幌は馬にソリの着いた荷車をひかせて公道を運行していました。そのために馬糞と泥
水の混じった雪解け水が市内のいたるところに溢れておりまし。
その汚れた水が私の履いていた代用ゴム長靴から凍みこんで来ました。代用ゴムとは戦後のものが無い頃に作られたもので、ズッグ靴のような布にゴムを塗り込んで防水したものです。狸小路の商店街は活気があって人であふれておりました。その中に私は4.5人の女性に囲まれて立っていました。一人は私の養母となるトキコ、遊郭時代から友人の時江さん、高島のおばさんです。
トキコ達はすぐに私が寒そうだからと帽子店に入り赤いフエルトにピンクの毛のふち飾りがついた三角帽子を買ってかぶせてくれました。そして外に出るとトキコは小さな私の肩を抱えるようにしてしゃがみ込み「今まで探せないでごめんね、かあさんね、お乳が出なかったので山の知り合いにあんたを預けたんだよ。そしたら、そのおばさんがあちこち転々と引っ越してしまって、あんたを探せなくなってしまった。苦労したんでしょ、本当にごめんね」そういって私を抱きしめました。事の成り行きを理解できない私はトキコの顔を見ようとしたとき彼女が泣いているのに気がつきました。そして「もう何処にもやらないからね。これからはずっと一緒だよ」と言ったのですが、私は心の中で「嘘だ!今度はこの人に預けられるんだ」と叫んでいたのです。
私が5才になった早春の出来事です。
水の混じった雪解け水が市内のいたるところに溢れておりまし。
その汚れた水が私の履いていた代用ゴム長靴から凍みこんで来ました。代用ゴムとは戦後のものが無い頃に作られたもので、ズッグ靴のような布にゴムを塗り込んで防水したものです。狸小路の商店街は活気があって人であふれておりました。その中に私は4.5人の女性に囲まれて立っていました。一人は私の養母となるトキコ、遊郭時代から友人の時江さん、高島のおばさんです。
トキコ達はすぐに私が寒そうだからと帽子店に入り赤いフエルトにピンクの毛のふち飾りがついた三角帽子を買ってかぶせてくれました。そして外に出るとトキコは小さな私の肩を抱えるようにしてしゃがみ込み「今まで探せないでごめんね、かあさんね、お乳が出なかったので山の知り合いにあんたを預けたんだよ。そしたら、そのおばさんがあちこち転々と引っ越してしまって、あんたを探せなくなってしまった。苦労したんでしょ、本当にごめんね」そういって私を抱きしめました。事の成り行きを理解できない私はトキコの顔を見ようとしたとき彼女が泣いているのに気がつきました。そして「もう何処にもやらないからね。これからはずっと一緒だよ」と言ったのですが、私は心の中で「嘘だ!今度はこの人に預けられるんだ」と叫んでいたのです。
私が5才になった早春の出来事です。
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