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養母の凄い人生

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誰も教えてくれない 2
おばあさんの家の向かい側に大きなお寺があって火事になりました。それから何ヶ月か経ったのだと思いますが、実母と私は2,3人の大人たちと小型トラックの荷台に乗って暗い山道を走っていました。着いた先は長屋のような家でそこには3,40歳位の男性が居ていつも酒を飲んでいたように思う。その家には以前に別れた実姉の明子が居たのが以外だったが子供心に大変うれしかったのを覚えている。しかし、その男に気を使ってか、ある夜などは、母はおにぎりを姉と私に持たせて、布団の中で食べるように急き立てた。真っ暗い布団の中で姉とくすくす笑いながら食べていると、布団がめくられて母が、「しっ」と口に人差し指をあてて、男のほうを見やった。その男が私達姉妹の本当の父親だと言うことは後から養母に聞いて分かったことである。そこは夕張の炭鉱労働者の住宅だったそうだ。後年、夕張市制が破綻し毎日のようにニュースになったある日のこと、テレビに地元の画家だという人の油絵が映し出され一瞬で消えたのですが、その絵は私たち親子が暮らしていた炭住の長屋のようでした。機会があれば夕張に行ってそれらしき場所を尋ねてみたいと思っております。話は戻りますが、実母はその男を恐れていたようでした。度々酒に酔って暴れていたように記憶している。また、その男にうるさい!と怒鳴られて玄関まで逃げた私に一升瓶を投げつけました。それからは男が家に居るときは隠れるようにしていたものです。
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