養母の凄い人生
[PR]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
誰も教えてくれない 3
まだ乳飲み子だったと思うのですがあまりの恐怖だった為に記憶に残っているのでしょう。こんな恐ろしいことがありました。実母は私を背負って豪雨の山中を歩き川にさしかかった、川は増水し茶色の濁流が橋げたを今にも押し流しそうだった。私を背負った母はよほど帰路を急いでいたのであろう。その恐ろしい濁流に架かっている木造の橋を渡ったのです。雨は私の顔を伝って胸までびしょ濡れでした。橋の半ばまで来たときだった突然体が、スーツと濁流の中に飲み込まれた。橋が崩れ落ちたのです。気がついたときには、薄暗く狭い病院の診察台に寝かされていた、実母は横たわっている私に覆いかぶさるようにして抱きしめて「ごめんね、、、ごめんね」と泣きじゃくっていた。たぶん親子共々あの濁流に流されて溺れ、どなた様かに助けられたのだろう。私の右太腿には今でも5センチほどの手術傷があるが、養母トキコはその傷は多分その時の注射が化膿して手術したときのものだろうと言っていた。夕張の記憶はそれが最後です。
PR
COMMENT
TRACKBACK
トラックバックURL
- <<蛍がきらい
- | HOME |
- 誰も教えてくれない 2>>